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津地方裁判所 平成9年(行ウ)14号 判決 2000年12月07日

当事者の表示 別紙当時者目録記載のとおり

主文

一  被告株式会社岡山興業、被告有限会社吉住建設、被告株式会社山口建設、被告有限会社丸三建設、被告有限会社安保建設、被告有限会社枝川建設及び被告有限会社三和建設は、久居市に対し、連帯して金1億1440万1050円及びこれに対する平成9年12月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社岡山興業、被告有限会社吉住建設、被告株式会社山口建設、被告有限会社丸三建設、被告有限会社安保建設及び被告有限会社枝川建設は、久居市に対し、連帯して金539万8500円及びこれに対する平成9年12月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

三  本件訴えのうち、原告らが、被告藤岡和美、被告株式会社岡山興業、被告有限会社吉住建設、被告株式会社山口建設、被告有限会社丸三建設、被告有限会社安保建設、被告有限会社枝川建設及び被告有限会社三和建設に対し、別表第1記載の1ないし3の入札に関して連帯して金5058万円及び平成9年12月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を久居市に支払うことを請求する部分を却下する。

四  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、これを4分し、その1を被告株式会社岡山興業、被告有限会社吉住建設、被告株式会社山口建設、被告有限会社丸三建設、被告有限会社安保建設、被告有限会社枝川建設及び被告有限会社三和建設の負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告藤岡和美、被告株式会社岡山興業、被告有限会社吉住建設、被告株式会社山口建設、被告有限会社丸三建設、被告有限会社安保建設、被告有限会社枝川建設及び被告有限会社三和建設は、久居市に対し、連帯して金9228万円及びこれに対する平成9年12月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  被告藤岡和美、被告株式会社フジタ、被告株式会社岡山興業、被告有限会社吉住建設、被告株式会社山口建設、被告有限会社丸三建設、被告有限会社安保建設、被告有限会社枝川建設及び被告有限会社三和建設は、久居市に対し、連帯して金5214万円及びこれに対する被告株式会社フジタについては平成9年12月6日から、その余の被告らについては同月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

三  被告藤岡和美、被告株式会社岡山興業、被告有限会社吉住建設、被告株式会社山口建設、被告有限会社丸三建設、被告有限会社安保建設、被告有限会社枝川建設及び被告有限会社三和建設は、久居市に対し、連帯して金8028万円及びこれに対する平成9年12月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

四  被告田中功、被告鉄建建設株式会社、被告株式会社岡山興業、被告有限会社吉住建設、被告株式会社山口建設、被告有限会社丸三建設、被告有限会社安保建設、被告有限会社枝川建設及び被告有限会社三和建設は、久居市に対し、連帯して金5229万円及びこれに対する被告鉄建建設株式会社については平成9年12月6日から、その余の被告らについては同月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

五  被告田中功、被告株式会社岡山興業、被告有根会社吉住建設、被告株式会社山口建設、被告有限会社丸三建設、被告有限会社安保建設、被告有限会社枝川建設及び被告有限会社三和建設は、久居市に対し、連帯して金1億7529万円及びこれに対する平成9年12月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、久居市の住民である原告らが、同市の公共下水道工事に関して建設業者による談合が行われ、これによって不当に落札価格がつり上げられ、同市が右落札価格と自由競争価格との差額相当額の損害を被ったとして、同市の市長である被告藤岡和美、前市長であった被告田中功及び右入札に参加した業者であるその余の被告らに対し、久居市に代位して損害賠償を請求した事案である。

一  前提となる事実

1  <略>

2  久居市発注の工事請負契約においては、別表第1記載のとおり入札が行われ(以下別表第1記載の各入札について「本件1の入札」などという。)、本件1ないし5、7ないし10、13ないし23の入札については、被告地元業者7社を含む地元業者が入札し、本件6及び12の入札についてはゼネコンが加入した共同企業体(JV)同士が入札し、本件11の入札については、被告三和建設以外の被告地元業者を含む地元業者が入札し、それぞれ同表記載の者が落札した(争いがない。)。

3  津地方検察庁は、本件1ないし3の入札に関して、被告岡山興業、被告吉住建設、被告山口建設、被告丸三建設、被告安保建設、被告枝川建設及び被告三和建設らにより談合が行われこれらの業者が不正な利益を得たとして、平成9年8月8日、被告岡山興業の代表者A、被告山口建設の代表者B、被告丸三建設の代表者C、被告安保建設の代表者D及び被告枝川建設の代表者Eについて競売入札妨害罪で公訴を提起した。右事実は翌9日の各新聞によって報道された。右5名は、同年11月、津地方裁判所において、いずれも懲役8月・刑執行猶予3年の有罪判決を受けた。また、被告吉住建設の代表者F及び被告三和建設の代表者Gも、右各入札に関する競売入札妨害罪により、同年8月20日いずれも罰金20万円の略式命令を受けた(略、以下「本件刑事事件」という。)。

4  原告らは、本件1ないし23の入札に関して談合が行われたとして、平成9年9月5日、被告らが久居市に対し損害賠償することを求めて住民監査請求をしたが、久居市監査委員は、同年11月15日、右請求を棄却した(争いがない。)。

5  久居市は、平成10年2月12日、被告業者らを含む久居市所在の建設業者で本件1ないし3の入札において入札した15社に対し、右各入札で久居市が被ったとされる損害合計2928万1530円を請求し、同年5月11日までにその弁済を受けた(争いがない。)。

二  被告らの本案前の主張

1  住民監査請求の監査請求期間について

(一) 別紙入札目録9ないし11を除く各工事については、財務会計行為(請負契約締結)の日から1年を経過しており、適法な監査請求を経ていないといえるから、本件訴えのうち右工事にかかる請求部分については不適法である。したがって、本件住民訴訟は、適法な監査請求の前置があるとはいえないから、不適法却下されるべきである。

(二) また、平成9年7月21日には「久居の下水道工事談合」「建設会社社長ら4人逮捕」という見出しで本件について新聞報道がなされている。したがって、原告らは少なくともその時点で本件談合の事実を知り得たものであるから、右時点から1か月以上も経過した同年9月5日になされた本件監査請求に「正当な理由」があるとはいえない。

2  久居市による地元業者らに対する損害賠償請求

原告らの本訴請求は久居市に代位しての請求であるところ、前記のとおり、久居市は被告業者らに対し損害賠償請求に及び、2928万1530円の賠償金を受領しているのであるから、権利主体である久居市が損害賠償請求権を自ら行使している以上、原告らに代位請求の余地はないというべきである。

したがって、本訴請求は訴えの利益を欠き、不適法である。

3  監査請求における添付書面の不備

本件監査請求については地方自治法242条1項にいうところの「証する書面」の添付がないから、住民監査請求の形式的要件を欠くものであり、不適法であるから、本件住民訴訟においては適法な監査請求の前置があるとはいえない。

三  本案前の主張に対する原告らの反論

1  監査請求期間について

(一) 被告業者らに対する請求は、談合という不法行為について損害賠償請求をするもので、財務会計行為の違法・無効を理由とする請求ではないので、怠る事実に基づくものである。したがって、1年の監査請求期間の適用はない。

(二) 仮に、1年の期間制限が適用されるとしても、原告らが、被告らの談合行為を認識できたのは、平成9年8月8日と同月13日に、被告業者らの代表者が刑事事件で起訴されたことが報道された時点である。原告らが住民監査請求をしたのは、その後1か月経過前の同年9月5日であるから、「正当な理由」がある。

2  久居市による損害賠償請求について

久居市は、本件談合による損害額の算定に当たって、刑事事件の冒頭陳述書を参照したにすぎないのであって、他の裁判例や公正取引委員会の報告書等の資料を精査したものではない。したがって、右賠償請求によって久居市の損害が全部補?されたとは言い難いから、原告らの訴えの利益は失われていない。そもそも、普通地方公共団体が談合をした業者に対し損害賠償請求をしてその補填を得ておけば、その賠償額如何にかかわらず、住民による代位請求訴訟が不適法になるというのでは、著しく不当である。

四  本案における争点

1  談合の有無

2  被告業者らの責任

3  被告藤岡、同田中の責任

4  久居市の損害の有無及び額

五  争点に関する当事者の主張

1  争点1(談合の有無)について

(原告らの主張)

(一) 被告岡山興業、同吉住建設、同山口建設、同丸三建設、同安保建設、同枝川建設及び同三和建設ら久居市内における建設土木業者は、従来から、久居市発注の公共工事において、可能な限り高額で落札するという目的で談合を行っていた。その仕組みは以下のとおりである。

(1) 被告業者らは、業者間による話合いで最終的な落札業者である「本命業者」を決める。

(2) 本命業者は、工事価格について積算をし、久居市の担当部局に赴いて予定価格について探りを入れる。これに対し、担当職員は、予定価格について明言はしないが、遠回しに積算額が予定価格に近いか否かなどを述べる。なお、本命以外の業者は通常積算を行わない。

(3) 本命業者は、自己の入札価格を他社に教え、これよりも高額で入札するよう連絡する。

(二) 右のように談合が行われていたという点については、被告フジタ、被告鉄建建設のようなゼネコン各社においても同様である。ただ、その方法については、組織的・継続的に行われている点で被告地元業者における談合方法とは多少異なる。すなわち、ゼネコン各社においては、業者間の直接的な話合いによって本命業者が決まることもあるが、俗に「業界担当」といわれる業界間の調整を行う営業部長クラスの職員がおり、日頃から公共工事の発注予定等について情報収集をなし、自社が落札を希望する工事に関しては地方自治体に対し他者と比較しての自社の優位性をアピールしたりして、発注者である自治体の有力者の推薦を受けることなどによって(いわゆる「天の声」)、他の業者に本命業者であることを認めさせることによって決定していることも多くある。

(三) 本件1ないし23の入札は、以下の事実にみられるとおり、いずれも談合によるものである。

(1) 本件1ないし11の入札はいずれも平成8年度に、本件12ないし23の入札はいずれも平成6年度及び平成7年度に久居市が発注した公共下水道工事であるところ、入札に参加した各業者は、捜査段階の供述において、平成8年度に発注された工事においてはその全てが、平成6年度及び平成7年度に発注された工事についてはいくつかの例外を除いてほとんどが、談合によるものであることを認めている。

(2) 談合は、業者ができるだけ高額で落札することをその目的とするものであるから、談合がなされていれば、落札価格は予定価格のわずかに下の価格になるものであるところ、久居市において談合がされていた平成5年から平成7年までの入札につき、落札価格の予定価格に対する割合(落札率)の平均は99パーセントと極めて予定価格に近く、他方、談合されていないとされる平成9年度の落札率は、平均約75パーセントとなっている。本件各入札は、いずれも落札率が軒並み95パーセントを上回っているもので、このことは談合が行われていたといえる一つの徴表である。

(3) 談合した場合には、本命業者が他の業者の入札価格を指示することになるが、通常極端に高額な金額で入札させないようにする傾向が見られるため、最小入札価格と最大入札価格との差が非常に小さくなるのに対し、自由競争によって行われた入札においては最小入札価格と最大入札価格との差が開く傾向が認められる。すなわち、平成8年度発注の入札においては、最小入札価格が最大入札価格の92パーセント(平均)であるところ、これは談合が行われなかった平成9年度における59パーセント(平均)と比較すると、明らかにその差が小さくなっている。

(4) 最低価格入札業者の入札価格が予定価格よりも上になった場合には、もう一度入札をやり直すことになるが、談合が行われている場合には、本命業者が決まっているのであるから、何回入札を行っても1位が同一業者であるという現象が現れる(以下この現象を「1位不動」という。)。久居市の平成5年度から平成8年度の公共下水道工事の入札53件のうち、複数回入札に及んだのは17回であったが、この全てが1位不動であった(本件4、5、7、8、11、14、16、19、20、23の各入札がいずれも1位不動)。このことも談合の徴表であるといえる。

(5) 被告フジタ及び同鉄建建設が本件6、12の入札において談合を行っていたことを示す直接証拠はないものの、名古屋市の新南陽工場新築第二期工事の入札においてゼネコン及び名古屋市の各関係者が競売入札妨害罪に問われ、その刑事事件記録の中で右関係者は談合の事実を認めているものであるところ、右刑事事件記録中にも、その時点で誰も談合を止めるとは述べておらず、基本的に右時点以後もゼネコンの体質は変わっていないから、右各入札においても談合が行われていたことは明らかである。また、とりわけ被告フジタが関与した三重県内の他の入札においては、前記(2)ないし(4)の現象が極めて強く認められるものであって、この点からも組織的・継続的に談合が行われていたことが裏付けられる。

さらに、本件6の入札について被告フジタは被告岡山興業と、本件12の入札について被告鉄建建設は被告吉住建設とそれぞれ共同企業体(JV)を組んでいるが、これらは、いずれも地域性の観点から地元における本命業者と目される業者であり、このような業者とJVを組んでいることがそもそも談合が行われていることの証左である。

(四) 民事事件においては、刑事事件と異なり、各入札において談合がなされたということ自体が主張・立証されれば必要にして十分であり、談合の日時・場所まで明らかにする必要はない。

(被告ら及び参加人の主張)

(一) 原告らは、その請求原因において、談合の日時・場所・談合に関与したとされる人物・談合行為の具体的内容について主張・立証しないものであるから、請求原因事実の具体的特定を欠くものであって、主張自体失当である。

(二) また、原告らが主張する統計的観察は、以下にみるとおり、談合が行われたか否かと論理的関連性があるものではなく、談合の事実を基礎付けるものとはいえない。

(1) 本件各入札において落札率が非常に高いことについては、入札価格の積算が正確であったことの根拠にはなり得ても、それが直ちに談合の事実を推認させるとはいえない。

(2) また、本件各入札において最小入札価格と最大入札価格との差が非常に小さいことについては、談合があったから差が少なくなり、談合をしなかったから差が大きくなるという論理的必然性はない。自由競争の事例においても、全ての業者が同じような価格で競争をすれば差は小さくなるし、他方、談合した事例でも他の業者に自分の入札額よりもはるか上の価格の入札を依頼すれば差は大きくなる。

(3) さらに、1位不動の点についても、落札を強く希望する業者が最初の入札で予定価格を上回れば、次回の入札において更に低い額で入札するのは当然であり、そのような業者は落札意欲がもともと高いものであるから、談合をしていなくても1位不動になることは何ら不思議ではない。

したがって、この点も談合が行われていたことの根拠たり得ない。

(三) 仮に業者間で話合いがなされていたとしても、本件各入札中には、事実上1社のみしか落札を希望しなかったケースも存在し、このように他者に競争意欲がなく、調整を行うまでもなかったケースまで談合が行われたと評価することはできない。

(被告フジタ及び同鉄建建設の主張)

(一) 仮に久居市内の業者らが談合していたとしても、被告フジタ及び同鉄建建設はそれに何ら関与していない。本件6、12の入札はJVによる入札であり、JVの場合、地元の建設業者と組んだゼネコンが積算、入札を行うものである。したがって、右各入札は地元業者が行ったその他の入札と全く性質が異なるものである。

(二) 原告らは、名古屋市新南陽工場に関する競売入札妨害罪の刑事事件記録を援用するが、右事件は右被告らと全く無関係であるし、右記録中にその時点で誰も談合を止めるとは供述していないので談合が現在も続いていると帰結することは、極めて粗雑な議論であって失当である。そもそも、右事件を引き合いに出して、全く関係のない久居市の公共工事において右被告らが談合を行っていたということは到底できないものである。

(三) 右被告らの入札価格が予定価格に近似したのはただ一事例にすぎず、そのことをもって右被告らが談合に関与したと推認することはできない。そして、その一事例においても、建設省の外郭団体の公刊物を基に積算した結果にすぎないものであるから、そのことが談合の徴表といえるものではない。

2  争点2(被告業者らの責任)について

(原告らの主張)

(一)(1) 被告フジタは、本件6の入札において、談合という不法行為に加功したものであるから、それによって久居市が被った損害を賠償する責任を負う。

(2) 被告鉄建建設は、本件12の入札において、談合という不法行為に加功したものであるから、それによって久居市が被った損害を賠償する責任を負う。

(3) 被告株式会社岡山興業、同有限会社吉住建設、同株式会社山口建設、同有限会社丸三建設、同有限会社安保建設、同有限会社枝川建設及び同有限会社三和建設は、本件1ないし23の入札において談合という不法行為に加功したものであるから、それによって久居市が被った損害を賠償する責任を負う。

(二) 一般的に公共工事は経費率が高く、支払が確実であることなどの理由で、民間工事と比較して業者にとってうまみが大きいものであり、被告業者関係者の本件刑事事件における供述によっても、談合を行ったことによって被告業者らに大きな利益をもたらしてきたことは明らかである。したがって、談合をもって共倒れを防ぐ自衛のための措置であるとは到底言い得ない。

(被告地元業者らの主張)

(一) 被告業者らにおいて、本命業者を決め、本命業者らが他の業者に自己の入札予定価格よりも高い価格で入札することを指示したのは、本命業者として自己の受注を確実にするための手段であって、久居市が設定した「適正な価格」(予定価格)を害する目的で談合をしたわけではない。

(二) 久居市においては最低制限価格制度を採用しておらず、このような制度の下において自由競争を行えば、入札業者らは、利潤を度外視した価格で入札しいわゆる「叩き合い」を招くことになる。その結果、発注者である久居市は利益を享受する一方で、業者側は一向に利益が上がらないという不当な結果を招く。このような観点からいえば、談合は、各入札業者の自衛のためのやむを得ない措置であり、その限りで違法性を阻却されるといえる。

特に、被告業者らのような地方零細業者にとって、公共工事は重要な商権となっているものの、ある工事を確実に受注しようとすれば、経済的合理性を無視して安い価格で入札するほかなく、そのようなことを繰り返していれば倒産は必至である。他方、地方の公共事業はその地域の経済と雇用の安定に欠かせない基幹産業であり、それを請け負う業者が倒産することは極力避けなければならないから、仮に業者側の自衛行為という理由で談合行為の違法性が直ちに阻却されないとしても、その反社会性と被侵害利益とを相関的に衡量すれば、その違法性は否定されるべきである。

3  争点3(被告藤岡、同田中の責任)について

(原告らの主張)

(一) 久居市長は、久居市における請負工事の本来的な契約締結権者であり、その前提たる入札制度を実施する最高責任者である。そして、普通地方公共団体の長は、当該地方公共団体の予算を調製・執行するとともに財産の取得・管理・処分などの事務を担任するものであるから(地方自治法149条)、必要最小限の支出で最大の効果を挙げるようにすべき義務があり(同法2条14項、地方財政法4条1項)、そのためには談合を防止するために有効な入札制度を作る必要がある。具体的には誰が入札に参加しているかを互いに予測困難にすることが重要である。しかるに久居市の入札制度においては、指名競争入札では工事現場付近の業者だけを指名するなど入札参加者が容易に分かるようになっており、談合を防止できる制度とは到底言い難い。

また、自治体の担当者は予定価格や積算の実態が分かるのであるから、具体的に入札価格等を検討すれば談合が行われていることは容易に分かるはずである。

(二) そして、地方自治体の長が決断すれば談合をなくす制度を作ることは容易であり、実際にそのような例も全国で見受けられる(横須賀市、座間市、鎌倉市など)。しかるに、被告藤岡、同田中は、談合を防止すべき有効な制度を作ることなく、実際に談合が蔓延していることを知りながら請負契約を締結したものであるから、談合により久居市が被った損害を賠償すべき責任を負う。

(被告藤岡、同田中及び参加人の主張)

(一) 談合を防止するための措置は、原告らが主張するほど簡単なことではない。一般競争入札を採用することにより不特定多数の者を競争せしめて地方自治体に最も有利な条件で申込みをした者を契約の相手方とすることが好ましいとはいえるが、その方法に固執することにより、手続が煩瑣となり、経費の増大を招くなどの弊害を伴う点も無視できない。指名競争入札には、予め不信用・不誠実な業者を入札から排除できるという利点もある。

当時指名競争入札の方法を採っていた久居市においては、指名の範囲が限られるという右制度の弊害に対して、談合情報対応マニュアル(平成7年6月1日制定)を制定・運用することによって対応してきたものである。右マニュアルにおいては、事前に談合情報が寄せられた場合には入札参加者全員から事情聴取を行い、その結果談合の事実があったと認められれば入札の執行を取り止め、談合の事実がなかったと認められる場合にも全ての入札参加者から誓約書(入札執行後談合の事実が明らかになった場合には入札は無効となる旨記載されている。)を提出させた上で入札を行うなどの措置をとるよう定めている。また、事後に談合情報を受けた場合であっても、速やかに入札参加者からの事情聴取を行い、契約の解除や公正取引委員会への通報を行うか否かを判断すべきことが定められているものである。このように、久居市としては談合防止のため適切かつ十分な対応を期していたといえる。

また、入札参加者を事前公表しなければ談合を防止できるという原告らの主張は一方的な政策論にすぎない。

(二) 談合は秘密裡に行われるものであって、談合情報がなければ発覚しにくいものであるところ(談合情報自体にも信憑性が疑われるものも多い。)、本件各入札に関して事前に談合情報が寄せられたことは全くなく、久居市としてはこれを全く知悉しておらず、また知悉すべき立場にもなかったものである。また、久居市の担当職員が入札業者と癒着したり情報提供等の便宜を図った事実もない。

(三) 以上の点からして、久居市長である被告藤岡及び前市長の被告田中が本件について責任を負うべき理由はない。

4  争点4(久居市の損害)について

(原告らの主張)

(一) 地方自治法2条14項、地方財政法4条1項においては、地方自治体が公金を預かる立場にあることから、最小の経費で最大の効果を挙げるように努めなければならない旨定められ、地方自治法234条1項は、これを実現するために競争入札という制度を定めているのである。したがって、公正な自由競争による地方自治体の経済的利益は単なる反射的利益ではなく法的に保護されるべき利益であるといえる。

(二) 本件のような談合を原因とする損害賠償請求における損害額は、(談合を前提とした)実際の落札額と談合がなければ存在したであろう落札額との差額であると解すべきである。そして、前記のとおり、談合があった場合には、落札価格は予定価格の直下に張り付くのに対し、談合がなかった場合には、久居市において入札制度改革が行われ談合が困難になった平成11年度以降の落札率の低下に鑑みると、本件入札において談合が行われたことによって久居市が被った損害、すなわち現実の落札額(予定価格の100パーセントに極めて近い。)と自由競争による場合との差額は、現実の落札額と予定価格の75パーセントの金額との差額であると推定される。

そして、いずれの工事請負契約についても事後に変更契約がなされ、その代金額に増減がみられるものであるから、変更契約後の金額を前提として久居市の損害を算定すると、別表第2のとおりとなる。

<略>

(三) 弁護士費用相当額3209万円

<略>

(被告らの主張)

被告業者の代表者らが刑事訴追された競売入札妨害罪の保護法益は、国家又は地方公共団体が執行する競売入札が公正に行われることという国家的法益であって、久居市の経済的利益が保護されるという側面は、右国家的利益が保護されることに伴う反射的利益にすぎない。そして、競争入札という制度は、発注者が多数の入札業者を競争せしめて公正な工事のために適正な価格を求めてこれと契約する方法であるから、発注者側の「適正な価格で請負契約を締結する利益」を侵害しない以上、不法行為責任は生じないといわねばならない。

ところで、予定価格については、契約の目的となる物件又は役務について取引の実例価格、需給の状況、履行の難易、数量の多寡、履行期間の長短等を考慮して適正に定めなければならないと解され、実際に地方公共団体はその積算によって工事価格(設計価格)を算出し、右価格を基礎にして予定価格を算定するものであるから、予定価格は客観的な根拠を有する「発注者側からみた適正な金額の上限」であるといえる。したがって、予定価格を下回らなければ落札できない以上、右落札価格は当該地方公共団体にとって適正な価格であるといえる。仮に公正な自由競争によって形成された価格が現実の落札価格より低くなるとしても、それは偶然的な反射的利益にすぎず、不法行為法上保護に値する損害であるとはいえない。

第三当裁判所の判断

一  本案前の主張について

1  監査請求期間について

被告ら及び参加人は、本件監査請求は、地方自治法242条2項所定の監査請求期間を徒過したものであって、本件住民訴訟については適法な住民監査請求を経たとはいえないから不適法である旨主張するので、まずこの点について判断する。

(一) 本件において、原告らは、被告業者らの談合という不法行為によって久居市に生じた損害賠償請求権の不行使を「怠る事実」として久居市に代位して損害賠償を請求すると主張するものであるところ、「怠る事実」については一般に監査請求期間の適用はないと解されるが、監査請求の対象として、財務会計行為が違法・無効であることによって生じる実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする場合においては、当該監査請求については、右怠る事実にかかる請求権の発生原因である財務会計行為のあった日又は終わった日を基準にして地方自治法242条2項の規定を適用すると解するのが相当である(最高裁判所昭和62年2月20日判決・民集41巻1号122頁参照)。これを本件についてみるに、原告らは、損害賠償請求権の発生原因として被告業者らによる談合という不法行為を主張しているのであるが、右談合行為自体によって久居市に損害が生じるのではなく、久居市と落札業者との間で工事請負契約が締結されることによって初めて久居市に損害が生じるのであるから、結局本件において原告が主張する損害賠償請求権は、談合によってつり上げられた価格で締結された請負契約、すなわち違法な支出負担行為によって生じるものであると解される。したがって、本件監査請求については、久居市が被告業者らに対する損害賠償請求権の行使を怠ることが違法であることを理由とするものであっても、右財務会計行為(支出負担行為)のあった日を起算点として、同法242条2項所定の監査請求期間の適用があると解するのが相当である。

以上からすれば、本件において変更契約がなされている点はさておくとして、当初の各請負契約については、本件9ないし11の入札にかかる各請負契約を除いて、いずれも請負契約の日から1年を経過しており、同法242条2項本文所定の監査請求期間を経過しているということができる。

(二) そこで、次に同項ただし書の「正当な理由」の有無について検討する。右の「正当な理由」が認められるのは、当該財務会計行為が秘密裡に行われ、1年を経過して初めてその存在が明らかになった場合や、天災地変等による交通途絶により監査請求期間を経過してしまった場合などに限られると解すべきであるが、談合は秘密裡に行われるのが通常であるから、談合に基づく請負契約は、前提となる違法事実が隠蔽されていることになり、そのような場合には当該財務会計行為が秘密裡になされた場合と同視すべきであると解される。そして、右「正当な理由」の有無については、特段の事情がない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為の違法・不当を知ることができたか否か、また、これを知ることができたと認められるときから相当な期間内に監査請求を行ったか否かによって判断すべきものと解するのが相当である(最高裁判所昭和63年4月22日判決・判例時報1280号63頁参照)。

以上の点を本件についてみるに、前記前提となる事実のとおり、津地方検察庁が被告地元業者の元代表者らについて公訴を提起したのが平成9年8月8日であり、新聞報道がその翌日になされたことからすれば、住民としては、右時点に至って初めて各請負契約の違法性を知り得たものというべきであり、かつ、原告らはそれからほぼ1か月内に本件監査請求をしたもので、相当な期間内にこれを行ったものということができるから、本件監査請求には「正当な理由」があるということができる。

(三) したがって、被告ら及び参加人の右主張を採用することはできない。

2  久居市による損害賠償請求について

(一) 前記のとおり、本訴請求のうち本件1ないし3の入札にかかる部分については、久居市は被告業者らに対して損害賠償請求を行い、弁済を受けたものであるところ、被告ら及び参加人は、権利主体である地方公共団体が自ら権利行使をした以上、住民である原告らが代位請求を行う余地はないと主張する。

(二) 地方自治法242条の2第1項4号の代位請求訴訟は、地方自治体が財務会計職員又は相手方に対し同条に規定される実体法上の請求権を有するにもかかわらず、当該地方自治体がその権利を行使しない場合に、住民が当該地方自治体に代位して請求を行うことを認めたものである。したがって、地方自治体が自らその権利を行使し損害の填補を受けた場合には、請求額が著しく低額であって右権利行使が明らかに馴合いと認められるなどの特段の事情がない限り、右住民は、代位請求訴訟において訴えの利益を失うと解すべきである(なお、民事上の債権者代位権につき最高裁判所昭和28年12月14日判決・民集7巻12号1386頁参照)。

(三) 以上の観点から本件を検討する。証拠(略)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 前記のとおり、被告地元業者の代表者らが、本件刑事事件において有罪判決を受けたことから、久居市としては、被告地元業者ら談合に関与した業者に損害賠償請求することを検討した。

(2) 久居市の担当職員は、参考事例として、同じように談合を行った業者に損害賠償請求をしたことがある広島市から事情を聴取し、刑事事件記録を参考にするよう示唆を受けた。

(3) 久居市の担当職員は、本件刑事事件記録を検討した結果、本件1ないし3の入札について捜査官が再度積算をさせた資料が存したことから、これを基礎に損害額を算定することとし、右刑事事件記録中の各業者の積算結果に基づく平均入札価格と落札価格との差額を基礎として、久居市の損害額を算定した。

以上の認定事実からすれば、本件における久居市の損害額の算定方法には、一応の合理性があり、その権利行使が明らかに馴合い等と認められる特段の事情は存在しない。したがって、本件訴えのうち、本件1ないし3の入札に関する損害賠償請求部分(請求揖害額合計5058万円)は、訴えの利益を欠くものであって、不適法である。

なお、右損害賠償請求は、本件1ないし3の入札における談合に関するものであることは明らかであるから、その余の入札についての損害賠償代位請求について何ら影響を及ぼすものではない。

3  住民監査請求における添付書面の不備について

本件監査請求において、証拠書類が添付されていたかについては本件全証拠によっても必ずしも明確ではないが(略)、仮に添付されていなかったとしても、地方自治法が右書面を必要とした趣旨は事実に基づかない単なる憶測や主観のみで監査を求めることの弊害を防止しようとしたものであるところ、本件監査請求は、前記のとおり、被告地元業者の代表者らが競売入札妨害罪で起訴されたことについて新聞報道がされたことを受けてなされたものであるから、それが単なる憶測や主観のみでなされたものであるとはいえず、また、措置請求書及びその補正書(略)によれば、監査請求の対象事項も明確であるといえるから、証拠書類の添付に不備があったとしてもそのことを理由に本件監査請求が不適法なものとされるべき理由はないというべきである。したがって、被告らの右主張には理由がない。

二  本案について

1  争点1(談合の有無)について

本件4ないし23の入札に関して被告業者間において談合が存したかについて判断する。

(一) 久居市における公共下水道工事入札

証拠(略)によれば、以下の事実が認められる。

久居市においては、三重県策定の中勢沿岸流域下水道事業計画に基づき、昭和63年ころから汚水幹線工事が開始され、平成5年ころからは同枝線工事へと移行していった。

同市においては、公共工事の入札方法について、平成7年度からは、設計金額5000万円以上1億5000万円未満の工事については意向確認型指名競争入札(受注資格のある業者全てに入札参加の意向を確認の上、指名競争入札させる方法)を採用した。ただ、業者としては指名を断るとその後指名してもらえなくなるとの思いから、久居市から意向を確認されればたとえ落札する意思がなかったとしても入札に参加せざるを得ないという認識が一般的であった。入札参加業者は、平成7年度までは3000万円以上の工事について、平成8年度以降は1000万円以上の工事について、入札時に工事設計書と、積算の結果としての本工事費の内訳表とを同市に提出することとされていた。

(二) 被告地元業者らの談合(本件4、5、7ないし11、13ないし23の各入札について)

(1) 証拠(略)によれば、以下の事実が認められる。

昭和50年ころ久居市の建設土木業者らによって久居市建設業組合(以下「建設業組合」という。)が設立され、大手ゼネコンの下請を専門とする業者以外の建設土木業者が全てこれに加入していた。同組合においては、久居市発注の公共工事について現場説明が行われると、その都度同市内の旅館で研究会と称する会合をもち、どの業者が落札するかを決めていた。また、その後久居市寺町に同組合の組合事務所が設置されてからは、現場説明の時期になると当該工事について右組合事務所に工事名及び指名業者が記載されたB5判の用紙が置かれ、落札を希望する業者はこれに○印を、希望しない業者は×印を付ける方法でそれぞれの意思表示を行っていた。

各業者間においては、落札する業者を決める基準として地域性(その工事の現場近くに事務所等を有する業者であること)や継続性(場所的、内容的に見て過去に当該業者が行った工事の継続工事といえること)が重視されており、複数業者が落札を希望した場合、希望業者間の話合いや組合長等の斡旋によって落札する業者(本命業者)を決めていた。

本命業者が決まると、その業者は工事価格の積算を行い、久居市の担当職員のところに行って積算金額に間違いはないかを確認していた。右職員は、工事価格自体を直接教示することはしないものの、工事費内訳表をみて「まあ、そんなとこやな。」とか「いくらぐらい上げた方がよい。」「いくらぐらい下げた方がよい。」などと言って暗に工事価格を示唆していた。そして、本命業者は、入札前に他の業者が入札すべき金額等を記載したメモとその内訳を記載した工事費内訳表を渡し(本命業者が落札できるように、その入札価格よりも高い価格が記載されている。)、その指示どおりに入札させることで希望どおりの金額で落札される仕組みになっていた。なお、組合長等の斡旋によっても本命業者が決まらない場合のみ自由競争による入札が行われていた。

ところで、平成6年ころから三重県が、公共工事における指名業者の範囲を拡大したため、組合員である業者のうち、それまで三重県の入札に参加できなかった業者(被告安保建設、有限会社吉建等)が三重県の入札に参加するようになったことから、これらの業者の組合内における発言権が強まり、組合内の話合いに応じなくなり、自由競争によって公共工事を取り合うことも多くなった。このような状況下において、当時被告岡山興業の代表者であったAは、当時は組合役員ではなかったものの、これら新規参入業者らの説得役を引き受けて説得に当たったが、代表者間の個人的な確執も相俟って、被告安保建設代表者など新規参入業者は右説得に応じなかった。そして、遂に被告安保建設、杉田土木、吉建、はっとり造園土木、山下工業所の5社は、平成7年末ころ久居市建設業組合を脱退し、久居土木業協同組合(以下「土木業組合」という。)という名称の新しい組合を結成した。もっとも、建設業組合に13業者が所属していたのに対し、土木業組合には7社程度と(平成8年6月現在)土木業組合の勢力は非常に弱く、実際には土木業組合の業者らも落札価格が下落することを望んでいたわけではなく、個人的な確執・対抗意識から新組合を結成したこともあり、真に自由競争が行われることを望んではいなかった。したがって、内部で本命業者を立ててこれと建設業組合における本命業者とを争わせるという形ではあったものの、他の工事を土木業組合所属の業者に受注させるなど条件面での折り合いが付けば、建設業組合との話合いに応じることも多くあった(本件1ないし3の入札はこのようなケースであると認められる。)。

(2) 本件刑事事件当時被告岡山興業の代表者であったAは、談合が行われたのは本件1ないし3の入札のみであり、それ以外の入札においては、発注された工事の地域性などから暗黙の了解によって落札業者が決まるということはあるものの、建設業組合内部などにおいて明示的な談合が行われていたわけではない旨供述する(略)。また、本件刑事事件当時被告丸三建設の代表者であったCも同旨の供述をする。

しかしながら、前記認定に沿う本件刑事事件の捜査段階における被疑者等(右Aも含む。)の各供述は、建設業組合事務所内に置かれた用紙に工事の落札を希望する業者が○を、希望しない業者が×を付けていた点(以下右用紙を「談合メモ」ともいう。)や(略)、結果的にも○を付けた業者が落札しなかったことはないこと、本件15の入札について本命業者が作成した他の業者の入札価格表が存在することなど(略)、客観的な証拠関係に符合すること、実際の落札結果から前記の地域性・継続性など談合の基準となった条件が存在すると認めるに十分であること(略)、自己に不利益な事実も包み隠さず供述しており、その内容においても自然かつ具体的であることなどに照らして、十分信用することができる。他方、これに対し、Aの陳述書及びその証人尋問における供述は、全体的に曖昧である上、本件1ないし3の入札以外にも前記談合メモが存在することや、右Aも他の業者から入札額を指示するメモを受け取っていること自体は認めていること(略)、本件1ないし3の入札において見られるような本命業者を決める調整を行う目的が、可能な限り高額で落札することにあるのは明らかであるところ、営利を目的とする被告業者らの右各工事のみについて調整を行い、(少なくとも落札希望が競合した)他の工事においてこれを行わなかったとみることはむしろ不自然であることなどに照らせば、右供述を採用することはできない。さらに、証人Cの供述は、結論において談合が行われていたことについては否定するものの、一般に、落札を希望する業者が他の業者に対してその旨連絡していたこと、自社が落札した工事(本件2、10、11、15、21の工事)について他の業者にその入札価格を指示していたこと、及び被告丸三建設としては他の業者が落札を希望する工事について、依頼されればそれに協力していたことを認めている。また、本件11の工事に至っては、被告丸三建設と永幸建設とで落札希望が競合し(略)、相互の調整の結果被告丸三建設が落札することが決まったという経緯を自認しているものである。また、池田は、どの業者も落札を希望しない工事(汚水枝線工事8ーD)について自社が引き受けたこともある旨供述しているが(略)、このことは消極的な意味における談合が存したことを裏付けるものである(落札を希望する業者がない場合であっても、いずれかの業者が落札しなければならず、その場合もできるだけ高額で落札しなければならないという要請が働くことに変わりはない。)。

また、参加人は、久居市の担当職員が、予定価格を暗に示唆したような事実はないと主張し、当時の下水道課長であったHも同旨の供述をする(略)。しかしながら、右Hも、業者が積算結果を持参した際に、その意味内容はともかくとしても、「まあまあですな。」とか「きちっと計算したらどうか。」と答えたことがあることについては認めているし(略)、同人の証人尋問における供述は、検察庁等における供述の内容を明確に否定するものでもない。

(3) 以上のとおり、建設業組合と土木業組合に加盟していた各業者間においては、恒常的に本命業者の調整及び本命業者による他の業者への入札価格の指示が行われていたものと認められる(ゼネコン各社と久居市内の地元業者とでJVを構成して入札が行われた本件6、12の入札については後述し、ここでは除外する。)。しかしながら、反面において、右調整によっても本命業者が決まらなかったこともあり、そのような場合に自由競争で行われた入札も存在することから、談合による入札と自由競争による入札とを区別するには更に検討を必要とする。

この点について、本件刑事事件の被疑者であったAは、その捜査段階において、平成8年度の久居市の発注する公共工事は、久居土木業組合を説得でき、ほとんど建設業組合と土木業組合の談合でうまく工事を落札できた旨供述しており(略)、Cも、自分が被告丸三建設の経営に携わるようになった平成元年ころ以降、談合を重ねており、平成7年度に久居市が発注した汚水枝線工事について、十数箇所の工事のうち、自由競争になったのは2工事くらいで、あとの全部の工事については土木業組合の業者も含めて談合が成立していた旨供述している(略)。また、同じく本件刑事事件の被疑者とされ、土木業組合の組合長でもあったDも、久居市の土木業者は平成6年及び7年に発注された汚水枝線工事についてもほとんど全部談合をして入札しており、自由競争となったのは平成6年では4工事、平成7年では2工事しかなかったとか、建設業組合を脱退した後も平成7年度中は土木業組合の構成員らは、汚水枝線工事のほとんど全ての受注について、それまでと同様に建設業組合の構成員らと談合を行っており、平成8年度に発注された汚水枝線工事の受注については本件1ないし3の入札以降のものについてもすべて談合していたなどと供述している(略)。

そして、別表第1のとおり本件各入札における落札率のほとんどが99パーセントを超えており、低いものでも97パーセント台と極めて高くなっており、前記のとおり、工事価格の積算を行った本命業者が、久居市の担当職員のところに行って積算金額に間違いはないか否かを確認し、職員が暗に工事価格を示唆していた事実が認められることに鑑みれば、コンピューターソフトの発達等により、積算技術が向上したという事情に照らしても、右供述の信用性を裏付けるに十分であるといえる。さらに、本件各入札のうち複数回入札が行われたものについては、いずれも最低価格入札者に変動がないことも、右各供述の信用性を補強するものである。

(4) 以上の事実及び各掲示証拠を総合すれば、本件4、5、7ないし11、13ないし23の各入札に先立ち、被告地元業者らを含む地元業者間において、話合いによって本命業者を決め、本命業者ができるだけ予定価格直下の価格で落札する目的で、他の業者に対し本命業者の入札価格よりも高い価格で入札するよう具体的な価格の指示を行い、右のとおり入札がなされることで、予定どおり本命業者が落札していたものと認められる。すなわち、右各入札は、談合による入札であるというべきである。

(5) この点について、被告らは、本件各入札のうちには、事実上1社のみしか落札を希望しなかったケースもあり、この場合には業者間の調整が行われていないものであるから、このようなケースにまで談合があったと評価することはできない旨主張する。しかしながら、このような場合においても、落札を希望しない業者も入札には加わるので、本命業者は他の業者に入札価格の指示を行い、本命業者の希望する価格で落札して自由競争の場合よりも落札価格をつり上げることができたものであるから、落札業者を決める業者間の明示的な調整がなかったことをもって、談合がなかったと評価することはできない。

(6) なお、被告らは、本件において原告らは、談合の日時・場所・談合に関与したとされる人物、談合行為の具体的内容について主張・立証しないから請求原因事実の具体的特定を欠くものであると主張するが、民事事件において、そこまで具体的な事実の主張・立証を必須のものとして要求するのは、不可能を強いるもので酷に失するものであるから、各入札において談合がなされたということ自体が主張・立証されれば必要にして十分であると解すべきである。

(三) 本件6及び12の入札について

次に、被告フジタ、同鉄建建設を含む全国ゼネコン各社と久居市内の地元業者とで共同企業体(JV)を構成して入札が行われた本件6及び12の入札において、談合が行われていたか否かについて判断する。

(1) 前記本件4、5、7ないし11、13ないし23の入札が談合によって行われていた事実に対照すると、本件6及び12の入札についても談合が行われた疑いは払拭できないところではあるが、なお、本件全証拠を総合しても、右談合の事実を認定するには至らない。

(2) すなわち、証拠(略)によれば、右入札のようにゼネコン各社と地元業者とがJVを構成して入札が行われる場合においては、一般的にゼネコン各社が工事価格の積算を行い、入札価格についてもゼネコン各社が決定することとなっており、右各入札においてもそのような方法で行われたことが認められる。そうであるならば、右各入札と、地元業者のみが参加した本件4、5、7ないし11、13ないし23の各入札とは、その様相が異なるものである。そして、まず、本件6、12の入札についてゼネコン各社間において談合が行われた事実を認めるに足りる証拠はない。仮に、他の地方公共団体の公共工事において談合が行われていたとしても、右各入札において、談合が行われたと直ちに推認することはできない。また、右各入札について、被告地元業者間において談合が行われた事実を認めるに足りる証拠もない。前記の本件刑事事件における捜査段階の供述調書には、ゼネコン各社とJVを構成して行われた入札のことについては何ら述べられていないし、前記談合メモ中には本件6及び12の入札についてのものは存在しない(略)。なお、本件刑事事件の捜査報告書(略)は、被疑者らに談合事例と自由競争事例とを区別させたという文書であり、本件6及び12の入札も談合事例に含めて記載されているものであるが、前記報告書は、捜査官が談合による不正な利益を算出することを目的とした文書にすぎず、談合の事実を立証する目的で作成された文書ではないから、右文書をもって直ちに談合の事実を認めるには足りない。さらに、ゼネコンと被告地元業者との連繋の事実についても、これを認めるに足りる的確な証拠は存しない。

(3) ところで、原告代理人は、その陳述書において、被告フジタが参加した入札の多くにおいて、1社だけが予定価格以下で入札しており、2社以上が予定価格以下で入札している場合であってもいずれも落札率は97パーセント以上であると指摘し、このような不自然な結果は、ゼネコン各社によって恒常的に談合が行われていることの証拠であると述べ(略)、本件6の入札もその例に漏れない旨主張する。しかしながら、原告代理人が引用する甲第59号証においては、1社のみが予定価格以下である事例が14事例のうち10例あるけれども、反面、4つの入札事例においては複数の業者が予定価格以下の額で入札している。また、落札率が高い点については、一般的に業者は高額での落札を望むものであるから、落札率が予定価格に近いこと自体が談合の存在を示すものとは必ずしもいえないし、業者による積算技術の進歩からすれば、事前にある程度予定価格を予測することも不可能ではないと考えられる。したがって、右の点のみによっては、ゼネコン各社が、公共工事の入札について恒常的に談合を行っていたとは認めるに足りない。

(4) 以上のとおりであるから、本件6及び12の入札について談合の事実を認めるには至らず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の被告フジタ及び同鉄建建設に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

2  争点2(被告業者らの責任)について

(一) 以上のとおり、被告地元業者らは本件4、5、7ないし11、13ないし23の各入札において、話合いによって本命業者を決め、本命業者ができるだけ予定価格直下の価格で落札する目的で、他の業者に対し、本命業者の入札価格よりも高い価格で入札するよう具体的な価格の指示を行うという談合行為を行っていたものであるところ、このような談合行為は、競争入札の公正を害する違法行為として、地方自治体に財産的損害をもたらす行為であるから、民法709条あるいは715条の不法行為に該当するというべきである。したがって、被告地元業者らは、右談合行為によって久居市が被った損害について賠償する責任を負う。

(二) 被告地元業者らは、適正な価格を害する目的で談合したわけではないとか、共倒れを防ぐための自衛措置であるから、その違法性が阻却されるべきである旨主張するが、前記の談合行為の性質等に鑑みれば、その違法性が阻却されるということはできない。

3  争点3(被告藤岡、同田中の責任)について

(一) 原告らは、被告藤岡、同田中は、久居市長として、談合を防止する有効な制度を作ることなく、実際に談合が蔓延していることを知りながら、漫然と本件各請負契約を締結したものであるから、被告藤岡、同田中の右行為は不法行為に当たり、その責任を免れない旨主張する。

しかしながら、本件全証拠に照らしても、被告藤岡及び同田中が、久居市において談合が蔓延していたと認識していたと認めるに足りる証拠はない。原告らは、複数回入札における1位不動の現象や、落札率が異常に高率であることなどを見れば、談合が行われていることは明白であるとするが、右統計的結果のみから、必ずしもそのようにいえるものではないし、談合情報等何ら調査の端緒となるような出来事も存しない状況下で、捜査機関のように何ら強制的な調査権限を有しない立場にある右被告らにおいて、談合が行われていることを認識すべきであったということもできない。

確かに、地方自治体の長には、最小の費用で最大の効果を挙げるように施策を行うべき義務があり(地方自治法2条14項)、本件のような公共工事における入札制度は、右の理念を実現するための制度であるから、地方自治体の長には、入札制度が適正に行われるよう必要な施策を講じる義務があるということができる。しかしながら、長が右の義務を履行すべく具体的にどのような政策を採るべきかについては、基本的にはその広範な裁量に委ねられているというべきであって、その裁量権の逸脱・濫用といった特段の事情が認められない限り、その不法行為責任は生じないものと解するのが相当である。

そして、久居市においては、本件当時、談合情報対応マニュアルを制定し、談合情報等があった場合には入札参加者全員に対する事情聴取を行い、誓約書を提出させ、談合があったと認められる場合には入札を中止するなどの措置をとって対応していたものであるから(略)、右被告らの入札談合に対する対応が十分であるとはいえないまでも、右被告らの不作為がその裁量権を逸脱ないし濫用し、違法であるとまでいうことはできない。また、一般競争入札という方法を採れば談合が完全に根絶するという実証的根拠もないから、指名競争入札という方法を採っていたことをもって、直ちに違法であるということもできない。

(二) また、本件においては、下水道課職員には明示的ではないものの予定価格を示唆するような言動も認められ、被告藤岡、同田中は久居市長として、その指揮・監督責任を問われる余地もあるが、同被告らが右言動を認識していたことを認めるべき証拠はないし、これを認識しなかったことは無理もないと考えられるから、右被告らに不法行為法上の過失(義務違反)があったと認めることはできない。

(三) 以上によれば、原告らの被告藤岡及び同田中に対する請求は、いずれも理由がない。

4  争点4(久居市の損害)について

(一) 被告らは、談合によって落札価格がつり上げられたとしても、予定価格を下回らなければ落札できないものとされている以上、予定価格は適正価格の上限であるというべきであるから、落札価格は地方自治体にとって適正な価格であり、談合によって、地方自治体に法律上保護に値する損害が生じる余地はない旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、地方自治法は、最小の費用で最大の効果を挙げることを要請しており、競争入札の制度もより低廉な価格で契約を締結することを目的としたものであるから、予定価格とは契約を締結できる価格の上限にすぎないと解するのが相当であって、正当な競争入札がなされればより低廉な価格で契約を締結できたと認められる場合には、地方自治体は財産的損害を被ったというべきである。

(二) そこで、談合によって久居市が被った損害額について検討する。本件において、久居市は、談合がなければより低廉な価格で請負契約を締結できたというのであるから、ここでいう久居市の損害とは、談合によって形成された実際の請負契約金額と、公正な競争入札が行われることにより形成されるであろう請負契約金額との差額であると解するのが相当である(請負契約金額は、落札価格に消費税額を加えた金額である。別表第1参照)。

この点について、原告らは、久居市において、入札制度改革が行われた平成11年度以降の落札結果等からみると、公正な自由競争が行われれば落札価格は予定価格の約二五パーセントは下落する実態があると主張するが、落札価格は入札当時の経済情勢等によっても異なるものであり、その他、工事の種類・規模、公共工事の発注件数、工事自体の難易、地域性、入札業者の落札に向けた意欲の多寡、入札業者の価格競争能力、入札業者の数などの諸条件が複雑に絡み合って形成されるものというべきであるから、単純に平成11年度以降の久居市の現状と照らし合わせることのみによって、平成6年ないし8年の入札談合によって久居市が被った損害を算定できるものではない。

また、本件刑事事件においては、地元業者の積算担当者に本件1ないし3の入札における工事価格の積算及び入札価格の算定を行わせているところ(略)、その結果、入札予定価格(それぞれの積算に基づき、自社が談合なしに正当に競争入札を行う場合に入札するであろう金額)と実際の落札価格との差額は約12ないし13パーセント、最低入札限度額(それぞれの積算に基づき、自社がどうしても当該工事を落札したい場合における利潤を含む最低限度の入札価格)と実際の落札価格との差額は約20パーセントとなっている。これらは、本件において談合が認められた入札とほぼ同時期の入札に関する算定であることから、尊重されるべき結果ではあるが、これとて本件において談合が認められた入札(本件4、5、7ないし11、13ないし23の入札)と、前記の価格形成条件が全く同じであるとはいえないから、これをそのまま採用することもできない。

さらに、実際にどのように落札価格が形成されるかについては、当該入札で落札を希望する業者が、同入札においてどの程度の競争が行われるかということを計算に入れ、どこまで利潤を見込むことができるかを予測した上で、最も自己に利益に落札できるであろうと考える価格を入札することによるのであって、それは前記の価格形成条件はもとより、落札を希望する業者の積算能力・予測能力にも依存するところが大きいといわなければならず、そこまでを詳細に検討することは事実上不可能である。

結局、本件においては談合が行われなければ落札価格が下落しその結果契約金額も下落するという意味において、久居市に財産的損害が生じたこと自体は推認できるものの、右損害額の算定には極めて種々の仮定的条件を基礎としなければならず、その算定には著しい困難を伴うものであると言わざるを得ない。また、損害賠償請求事件においては、その性質上、確度の高い損害率を選ぶ必要がある。そこで、当裁判所は、本件においては民事訴訟法248条を適用し、前記内容を含む証拠調の結果及び弁論の全趣旨を考慮した結果、その損害額を契約金額の10パーセントと認定することとする。

(三) 以上によれば、被告地元業者らの談合によって久居市が被った損害は次のとおりとなる。なお、原告らは、変更契約後の請負代金額を基礎として損害額を算定するが、右変更契約がどのように締結されているかについては本件全証拠によっても明らかでなく、本件における談合と相当因果関係を有する損害とは直ちに認め難いので、当初の契約金額を基準に損害を算定するのが相当である。

<略>

(四) また、原告が主張する弁護士費用について検討するに、地方自治法242条の2第7項は、同条第1項4号の規定による住民訴訟を提起した者が勝訴(一部勝訴を含む。)した場合において、右訴訟を提起した者が弁護士に報酬を支払うべきときは、普通地方公共団体に対し、その報酬額の範囲内で相当と認められる額の支払を請求することができる旨規定しているところ、当該裁判が確定した後に地方自治体が右訴訟提起者に対し支払うことが相当と認められる金額については、本件不法行為と相当因果関係のある損害であると認めるのが相当である。そして、右相当と認められる金額については、本件における認容額、訴訟追行の経緯等を総合的に勘案すると、本件4、5、7ないし10、13ないし23の入札にかかる部分については570万円、本件11の入札にかかる部分については30万円と認めるのが相当である。

第四結論

以上によれば、本件訴えのうち、本件1ないし3の入札に関する部分は不適法であるからこれを却下し、本訴請求のうち、被告地元業者らに対し、連帯して1億1140万1050円及びこれに対する平成9年12月5日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求めた部分並びに被告三和建設を除く被告地元業者に対し、連帯して539万8500円及びこれに対する平成9年12月5日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求めた部分は理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法65条1項本文、64条本文、61条を適用し、仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山川悦男 裁判官 後藤隆 裁判官 西村康一郎)

別表第1及び第2 <略>

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